医師は老人を高齢者という「服」を着ていると考えるべし

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医師としてお年寄りと話すとき、いつも私がやっていることがあります。 それは、お年寄りは「お年寄りという服」を着ていると意識することです。 顔のしわも白髪もありません。力のない目つき、こちらの見る疑わしい表情、そういったものも一旦置いておきます。そして、「お年寄りという服」を着ているんだと思い込みます。医師が話しかけるのはその中にいる人です。

人の目って、見た目通りに判断するものです。だから医師は想像力を加えなくてはいけません。 30代、40代の頃のこの人はきっと溌剌としていて、僕なんかは太刀打ちできなかっただろうな。

これだけ神経質だからお元気なころはきっとキッチリとした生活をなさっていたに違いないな。

よく見ると目がぱっちりして美人な顔立ちだなあ。 そんなふうに、その当時の姿を思い起こします。 そうやって、入れ歯の口もとも、不自由な身体も、穏やかな雰囲気も、すべて着ている服だと思い込むんです。なので目の前のお年寄りは、いつも私よりも10歳 くらいしか離れていません。

医師は想像力だけでは足りないので他にもいろいろと工夫します。 たとえば若いころの写真を見せてもらったり、いつでも日につくところに飾っていただいたりもします。 そうするだけでも「相手は見た目どおりのお年寄りだ」という先入観を取り払って、「相手は見た目はお年寄りだがそれは単なる『服』であっ て、中身は私たち医師と同じままだ」と意識を変えることができます。 私と同じ人が「脱ぐことができないお年寄リという服」を着て苦労していると感じるからこそ、目の前のお年寄りを手伝いたいという気持ちがわきます。するとこちらの態度も自然に変わります。大変な思いをしている人に対して、言葉も礼儀正しく、表現もやわらかく変化もします。 くり返していると、だんだんその人のその姿が本当に「仮の姿」 いえ、多分、高齢の方の高齢な姿って、実はみんな、その人の、ひよっとしたらお年寄りだっているかもしれません。 「仮の姿」なんで。そうとは口に出さないだけで、内心では思っているかもしれません。 これは「仮の姿」なんだと。本来の自分はこの「仮の姿」 と。中にしっかりとあるのだからそっちを見てくれと。 そう思っていていただけているといいなあと私は思っています。

 


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