医師は今日一日を「特別な一日」だと考える。

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老いることは誰にでも訪れます。 しかし、本人にとっては人生の一大事です。ガクン。ガクン。 白分の人生がはっきりと変化していきます。 後戻りのできそうにない変化を体験するたびに、頭の中にはさまざまなクエスチョンが浮かんできます。この先、自分は一体どうなるんだろう。これからどう生きていこう。 老いるって、のんびりとも、ゆったりともしていません。痛くて悲しくて情けないことばかりが続きます。絶旬させられるような不安がどんどん胸の奥に積み重なっていきます。老いるとは結局、人生の終わりの始まりを察することなんです。 本人にとって衝撃的とも言えることなんですよね。

その衝撃を感じた人と、まだそう感じていない人とでは「一日」の見え方がまっ たく違うと思うんです。 たとえば、桜。 「天気が悪いから今年は花見に行けなかったね」 こんな言葉だって、老いたと自覚している人とそうでない人では重さがまるで違うかもしれません。医師にとって高齢者ケアって、その重さの違いに気づく仕事なんです。医師はお年寄りがケアを受けるその日一日は、その人に許された30000日の人生の、 残り1000日のうちの1日かもしれません。そんな特別な一日だから、医師だってうれしい日は100倍うれしいし、悲しい日は100倍悲しいんです。高齢者ケアをするんだったら、医師はその貴重な一日に関わる恐ろしさのようなものをいつも感じていていないといけないと思うんですね。

それは日標ではなくて医師としての意識です。 老いる一日って、ふつうの一日とはちょっと違うんだ。認知症の一日って、障害を持って暮らす一日って、ふつうの一日とはちょっと違うんだ。 医師にはまずその意識が必要なんです。 痛み、障害、老いだけがつらいんじゃない。それを抱えて人生の最後を暮らし、 死に向かうことがつらくて不安で悲しいかもしれない。そこをなんとかしよう。そんなふうに考える気概のようなものが医師にはとても大切なんじゃないかと私は思うのです。

 


医師

コーラを飲むだけで生じる膨大な議論と虚しさ

医師は、どんな時でも口元には笑みを浮かべること

医師は、楽しいよりもうれしいをすることが重要

医師は、自分の健康に責任を持ってもらう。

医師は、頭の体操よりも心の体操を大切に

医師は「いい話を聞いた」で命を養う。

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医師は今日一日を「特別な一日」だと考える。

医師は会話の質を高めるべき

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忘れてはいけない高齢者福祉施設における心のケア

悪質な医師紹介エージェントによる被害

高齢者の気持ちとケアプラン外の対応